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妄想日記「夜を泳ぐ」

戸田睦美 22歳 ミュージシャン 2020.11.18

ミュージシャンは、夜行性だと思われがちだ。もちろん、自ら望んで夜行性な生活を送る人もいる。でも、私みたいに出来ることなら早寝早起きしたい人もいる。それでも、それができないのは私がまだ夢半ばのミュージシャンだから。バイトは、深夜の方が時給が高いし、練習で使うスタジオは深夜パックが安い。そうすると、自然と夕方に起きて、昼頃寝る生活になってしまう。

午後5時、目を覚ますと何十件もの着信履歴が携帯の画面を埋め尽くしていた。しかも、全て同じ人からの着信だ。私は背筋がぞっとするのに堪えながら電話を掛けた。1回目の呼び出し音がスタートするや否や、電話がつながる。「睦美!!デモ音源聴いた!?」ものすごい声量に、私は思わずベッドの上でのけぞる。「…いや、今起きたとこ」「え!!じゃあなんで電話してきたの?!」「AKARIのストーカーばりの着信履歴のせいだろ」「なあんだ!!じゃあ、今すぐ聞いて!!聞いたら折り返して!!」「ちょっ…あたし、今日これからバイト…って切れてるー」電話から流れる「ピーピー」と言う音がやけにピッチもリズムも正確で腹が立つ。私の所属するバンドのボーカルを担当しているAKARIは、自ら作詞作曲もしている。よって、彼女は新曲ができるとこんな風にバンドメンバーの携帯の着信履歴を荒らす。

私は、ベッドから脱出して、台所でコーヒーを淹れ、8枚切りの食パンを一枚取り出し、上から薄くマーガリンとブルーベリージャムを塗った。ローテーブルに朝食を運び、コーヒーを一口飲むとようやく私の一日が始まった気がしてくる。私は、姿勢を正してからパソコンのメールフォルダを開き、AKARIからのデータをダウンロードする。ダウンロードバーが100%に向かっていく様を眺めながら、私は少しずつ気分が高揚してくる。「一体、次はどんな曲なんだろう…」このワクワクが楽しくて、その度に私はAKARIの作る音楽が好きなんだと気づく。ダウンロード完了の通知と共にフォルダが開くと、私は片手に食パンを持ったまま固まった。アコギのストロークから始まるその曲は、私たちのバンドの始まりを歌った曲だった。違うバンドだった主人公たちが、ライブハウスでの共演をきっかけに惹かれあい、周りの反対を押し切って一つの夢に向かって歩き出す曲。聴き進めるうちに、私の脳裏に数々の私たちの物語が溢れ出してくる。下北沢のライブハウスで初めてAKARIの歌声を聞いた時の衝撃、前のバンドを抜けるにあたってのいざこざ、なかなか結果が出なくてバンドメンバーと喧嘩したこと、将来への不安、それらを越えてしまう音楽の輝き。曲が終わる時、私の視界はぼんやりと滲んでいて、それが何だか心地よかった。私は携帯に手を伸ばしAKARIに電話をかけた。

「聴いたよ、良かった、すごくいい曲だと思う」そう言うと、ホッとした声でAKARIが言った。「ほんとに!?よかった、昨日徹夜したかいあったよー」「…でもさ、なんで私たちが主人公の曲、書いたの?」私は気になっていたことを聞いてみる。「え?変だった?」「いや、なんで今頃なのかなあって。ほら、うちらの曲はフィクションが多かったし、どちらかと言うとファン目線の曲が多いからいきなりうちらの話を歌って冷めないかな、とか」「ああ、さすが睦美ちゃん、そこに気付きましたか」「なに」「もうバンド辞めようかなって波が一年に1回は来るじゃない?…それが、昨日来てさ」「え、辞めんの!?」思わず私は声が裏返った。すると、AKARIは笑いながら続けた。「辞めないよ!でもさ」「でも?」「私たち、音楽で人を救いたいとか、夢を見せたいとか言ってるけどさ、一番救わなきゃいけないのってまず私たちなんじゃいかなって思って」「私たちを救う?」「うん。私たちは、バイトがしたくて、バンドを組んでるわけじゃない。偏った食事が好きなわけじゃない。そして、昼夜逆転生活がしたいわけじゃない。でも、いつの間にかそっちがメインみたいになって、そして大事なことを忘れちゃうんじゃないかって時々怖くなるんだ」「大事なこと…」私は、そう呟いてからハッとした。「もしかして、大事なことって私たちの始まり?」「そう!最初に見てた夢とか目標。それを、忘れないようにすることが、私たちをこれから先救ってくれて勇気づけてくれるんじゃないかなって思って作ったんだ」「じゃあ、これは私たちのお守りソングだ」「うん、でも私たちが売れたらこれが聴いてくれる人みんなのお守りソングになるはず!」「なにそれ、最高の一石二鳥じゃん」AKARIの思いを聞いて、私は体中に力がみなぎってくる。こんなにワクワクできたのは久しぶりだった。「という事で、睦美!この曲を仕上げるスタジオ代の為にバイト頑張ってね!!」「うん」電話を切ると、バイトに行く前の気だるさが消えていた。バイトに行く理由が音楽にあるだけで、私は少し救われた気がした。

部屋を出ると、真っ暗な空に満月が浮かんでいた。その満月が、ぽっかり夜に穴を開ける出口に見えて私は思いっきり月に向かってジャンプした。今は、まだ夜を泳ぐ私だけれど、いつかあの出口を抜けて夢を叶いたい、とそう強く思った。

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singer "song & novel" writer 岡山生まれ 本の虫

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