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妄想日記「ほんの優しさ」

水樹まりも 33歳 八百屋 2020.12.10

小学生の頃、私は時々給食の牛乳を盗んだ。盗んだといっても、自分の牛乳を飲まずに持ち帰るか、給食当番の時に余った牛乳を拝借していたのだが、先生に見つかり大変怒られた。なぜ、そんなことをしたのか。先生は、そう私を問い詰めた。私は、しゃくりあげながら「子猫に、あげるんです」と答えた。すると、先生はこう言った。「それは、優しさじゃない。ほんの優しさなのよ」と。

その意味がなんとなく分かるようになったのは、それから数年たって小学高学年になった頃だ。通学中、用水路の中で息絶えている猫を見つけて、何となく覗き込んだその時だった。その猫の模様に見覚えがあった。みすぼらしくやせ細ったその猫は、まさしく数年前の自分が牛乳をやっていた猫だったのだ。あの頃は、猫が欲しくて必死に牛乳を運んでいたのに、私はしばらくして飽きてしまって、もう猫に牛乳をやることはなくなった。私は、硬くなったその猫を見下ろしながら「この猫の為に牛乳を盗んだ私は、ほんとうの優しさではなかった」と思い知った。これが、きっと先生の言っていた「ほんの優しさ」だったのだろう。

きっかり33歳を迎えた朝。私は、店のシャッターを勢いよく開けた。すると、「にゃあ~」と少し野太い声がする。「おお、ごん太おはようー」私が声を掛けると、目の前に少しむちっとした黒猫が現れた。少し苦しそうな首輪を片手で掻いてから、お行儀よく座ってこちらを見上げている。「はいはい、ご飯ね。てか、あんた、みんなからご飯貰ってるでしょ。メタボだよ」そう苦言を言いながら、私は店の中へ入っていく。その後ろを、ぴったりとごん太がついてくる。店の奥、住居との境の廊下で、ごん太と書かれたエサ入れに手作りの餌を入れてやる。今日は、昨日の夕飯の残りの牛肉と店の売れ残りの野菜を使った牛肉のカルパッチョだ。すると、ごん太の頭がすっぽりとエサ入れに入った。そして、息継ぎもせずに咀嚼音が続く。その様子を、しゃがんで眺めるこの時間が、私の心のデトックスになっている。昨日、旦那と喧嘩したことも、なんとなくどうでもよくなってくるのだった。そう言った意味で、生き物は魔法使いだな、とつくづく思う。

だけど、たまに昔のあの猫を思い出す。そして、考える。「私は、今ほんの優しさで、ごん太を不幸にしていないだろうか」と。ごん太は、もともと野良猫で、我が家に住み着き始めてから家族会議をして正式に家族の一員となった。しかし、野良猫と何が変わったかと言うと、不妊手術を受けさせて、基本的なワクチンを打ち、首輪をつけたことぐらい。基本的に放し飼いなので、他の家に行って帰ってこない日もある。なので、ごん太の生活は野良猫だった時とあまり変わってはいないのだ。それでも、時々ご近所さんから「ごん太ちゃん、昨日はうちんちに来たのよ。サンマ、あげといたわ」とか「こたつに入ったら、ごんちゃんが寝ててびっくりしたわー、ごんちゃんは、相変わらずかわいいねえ」とか言われると「うちの子がすみません」「いやいや、そんな」と言ってしまうあたり、しっかりと家族になっているような気もする。何しろ、今は子供の頃のように飽きたらごん太を見放そうとは思わない。ちゃんと、亡くなるその時までこんな距離感ではあるけれど家族の一匹として暮らしていこうと心に決めている。

「みゃああああー」食事を終えたごん太が私の足にまとわりついてくる。その背中を撫でながら、私は子供だった自分の残酷さと、自問自答する。「これは、ほんの優しさですか?」「いいえ、これはほんとうの優しさです」と。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫