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ひとりっこ

新しい街にやってきた。
でも、ほとんど何も変わらない。

新しい学校からの帰り道。家まで続く歩き慣れない長い坂を焦らしながら登る。
「なんて報告しようか」頭の中はそればかりで重かった。

「普通だったよ」と
クールに決めることもできるし
「なかなか良かったよ」と
喜ばせることもできる。

いつからだろうか。
本当のことを話すほうが苦しくなったのは。

悲しませたくなく それが悲しい
期待されていたい それが重い

そんな裸の言葉を吐き出せば
「どこで間違えたんだろう」と
二人が言い始めるのが目に見える。

だけど、幼い私には勇気がなかった。
途切れたことのない愛情が、途切れてしまうことの方が怖かったから。

温かい部屋に入ると母がまとまり付いてきて
父が帰ってくると仕事が大変だった話を聞いて
そうして二人の目が私に向けられた時
恐れていた時間がやってくる。

「新しい学校、どうだった?」
「うん。良かったよ。先生も優しそうだし、友達もできたよ。」

目の前で二人の顔が大福みたいに丸くなって、満月のようにキラキラと光った。
私はというと、大きな嘘がふたつ増えて心臓が欠けた気がした。

期待されていたい 愛されていたい
そうではない日を迎えたことがないのだから。
それが、私を時々弱虫にして
辛かった時は私に自信をくれた。

大人になって 少しわかったのは
そんなに気負わなくてもよかったってこと。

多分、悪いことをしたら
他の家と同じように怒られて
いい報告があれば
他の子と同じように褒めてもらえる。

ひとりっこ、だったから
比べることができなかったから
良くない妄想に勝手に苦しんでいただけだった。

そして、ひとりっこだったから
あんまり人と競うのは好きではないし
愛されないことに免疫がないし
良くも悪くものんびりとした奴になれたんだと思う。

着信履歴は、親の名前の方が多い。
「次、いつ帰ってくるの。」の電話だろう。
そして、大人になった私は大して慌てることなく電話を掛ける。

「忙しかったんだよ。夏には帰る。」

どれも、本当の事。

7

SETA 公式note

singer "song & novel" writer  岡山生まれ 本の虫

SETAの日々煩い

エッセイ、読書感想 etc.
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