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前髪のおまじない

学生時代、いつも前髪を気にする友達がいた。

彼女の前髪は目のギリギリ上のラインで綺麗に切りそろえられていて、ポケットには折り畳みの小さな櫛を入れている。そして、度々それを取り出してささっと前髪を整えるのだ。だから、その子の前髪はいつも完璧だったし、さらに本人は「朝に軽くスプレーで固めてるんだ」と言っていた。

彼女は、まさに前髪のプロだった。

でも、話している途中でも前髪を触っているとなるとさすがに気になる。ちょっと苛立ったわたしは「気にしすぎなんじゃない?」と言ってしまった。すると、彼女は「えっ、わたし前髪触ってた?」と言って「無意識だった、ごめんごめん」と笑った。その後しばらく沈黙してから、彼女はため息混じりにこう言った。「前髪がうまくいかないと落ち着かないんだ。いつも鏡の前にいるわけじゃないから自分では乱れてるかわからないでしょ?不安で触っちゃうんだよね、無意識に…。でも、これからは人と話してる時は気をつけるよ」わたしは、なんだか気まずくなって「こちらこそごめん」と言って、もう2度と前髪の話はしないようにしようと心に誓った。

あれから、何年も経ってから彼女がなぜあんなに前髪にこだわったのかなんとなく分かるようになった。彼女にとって前髪は、きっと「おまじない」だったのだ。揃っているとなんだか安心で、良いことがある気がする。逆に揃っていないと不吉なことが起きるんじゃないかと不安になる。きっとみんながそれぞれ違った「おまじない」を持っているのと同じことだ。

もちろん、わたしにもおまじないがある。

ライブの時は小さなタオルをステージに持って上がるのもその一つ。汗かきな私の手汗でピアノが滑ったらどうしよう…という不安と闘うため為の小さなおまじない。

先日、外に出る前に鏡の前に立ったら、すっぴんにマスク、髪はぐしゃっと一つにまとめて、その上から帽子をかぶる自分のずぼらな姿に笑ってしまった。彼女がみたら、なんて言うだろう。「せた、流石にそりゃないよ。」と呆れられそうだ。

彼女を見習って小さな櫛を買おうかな、なんて思った。そんな数日前の話。

貴方の、おまじないは何ですか?


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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫

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