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妄想日記「冬の線香花火」

吉田みお 28歳 フリーランス 2020.12.12

衣替えをしていたら、線香花火が出てきた。しかも、3本だけ。どんな残し方をしてるんだ、と思ったけれど多分なにも理由なんてなかったんだと思う。ただ、夏に忘れられた線香花火が3本ありましたとさ。それだけの事だ。とはいえ、その線香花火を見ていると、私はひそかにワクワクしてきた。今年の夏は、夏らしいことが何もできなかったから、神様が3本だけ線香花火を恵んでくれたのかもしれない。もしくは、いつかの私が未来の私に何かの暗示として残したのかもしれない。絶対に、そんなことはないのだけど。

兎にも角にも、花火だ。しかし、1人で線香花火をするだなんてマッチ売りの少女並みに寂しい。時計を見ると、時刻は20時45分。こんな時間から「花火をしようよ!」なんてことが言えるのは、「あいつ」しかいない。私は携帯を取り出して「あいつ」こと「あきら」に電話をかける。何度か、着信音が鳴った後に戸惑い気味な声がした。「…もしもし。どうしたの」「いま、何してる?」「家で呑んでるけど」「まだ、あの家から引っ越してない?なら、近くの公園に集合ね」「ちょいちょい、待て待て。どういう事?」「線香花火しよ」「冬なのに?」「そういうの好きでしょ、君」「何年前の話してんの」そう言ってから電話口の向こうでため息が聞こえた。きっと、今頃彼は家の時計とにらめっこしているはず。そして、しばらく考え込んで………私は、目を閉じて相手の動きを想像する。すると、声が聞こえた。「はあ。しょうがないな。どこの公園?」私はガッツポーズをして、公園の名前を答えた。

私が、その公園に到着すると既にあきらがいた。片手にビニール袋をさげている。私は、久しぶりの再会に内心興奮しながら駆け寄り声を掛けた。「ひさしぶり!それ、なに?」「ん?ビール、飲むかなと思って」「わあ、さすが!最高!」そう言って、見上げるとちょうど彼の顔があってどきりとする。私は、焦りを隠すように「あきら、老けた?」と言った。すると、彼は片方の眉をあげてから「そりゃ、もう3年ぶりなんだから老けるだろ。いや、老けるというか大人の魅力ってやつだな」と笑った。すると彼の目尻に、以前はなかった笑い皴がくっきりと表れた。私は、確かにこれは「大人の魅力」といえるかもしれないな、と思った。彼からビールを受け取り、勢いよく開けると解放された泡たちが溢れてくる。そして、「乾杯」と言った私たちに、少しぎこちない空気が流れていた。そんな空気をどうにかしようと、私は聞かれてもいないのに近況報告をしたり、今日の衣替えの話から線香花火を見つけた話まで息継ぎもせずに話した。そんな私の話を、彼はずっと頷いたり、時々ほほ笑んだりして聞いてくれていた。3年前、私たちが毎日のように遊んでいた時もこんな感じだったんだろうか。いや、もっと自然に話せていたような気もするし、彼の方がお喋りだった気もしてくる。私の記憶は、つくづくいい加減だなと思った。

「それで?その線香花火がそれ?」話し切ってまた黙ってしまった私に彼が言った。「うん、3本しかないんだけど」「ははは!マジか。3本だけの為に俺、呼ばれたのかよ!」「だって、急に呼んでも怒んない人、あきらくらいしか思いつかなかったから」そう私が言うと、彼は両肩を少し上げてこう言った。「それ、3年前の俺は、でしょ」その言葉が、私の胸にすとんと落ちると、何故かものすごく寂しくて、そして、ものすごく腹が立ってきた。「なにそれ。あきらのくせに生意気じゃない?」こんなことを言いたいわけじゃないのに、私の口は考える前に動いてしまう。「あきらは、私の我儘なんでも聞いてくれるし、呼び出したらいつも喜んで来てくれたじゃん。なのに、なんかその言い方、むかつく」私は、そう言ってしまってから泣きたくなってきた。するとあきらは、くしゃくしゃになった線香花火の袋を私の手から奪った。そして、何も言わずにポケットからライターを取り出し、俯いている私に見えるようにして線香花火に火をつけた。そうして、穏やかな声でこう言った。「なあ、この線香花火が落ちるまで、本音を言うっていうゲームしようぜ」「何それ」「はい、もう始まってるから。とりあえずこの1本は俺のターンね」そうして、あきらは息を吸い込むと話し出す。「まず、3年前の俺はみおのことが好きだった。それは、みおも知ってるだろ?だから、お前は自分のことを好いてる俺に安心してわがまま言ったり振り回したりできてたんじゃないの。」チリチリと音を立てて線香花火があきらの手元で目覚める。「下僕みたいに扱われたりして、正直ムカつくこともあったけどさ、恋しちゃってるから、それすら可愛いなんて思ってた」火花が激しく散り始めると、赤くて丸い球が線香花火のヒモの先で太っていく。「だけど、俺は好かれたいからみおに尽くしてたんだよ。」重そうなほど太った球が、不安げに揺れている。「みおは、俺を好きにならないってわかった時に、俺はもう尽くす理由がなくなっちゃったんだ」あきらが言い切ると、息絶えたかのように球が落ち、線香花火はただの燃えかすになった。私は、もう一度燃えることはできないそれに、今の私たちを重ね合わせる。「そうだ、もう3年も前に燃えかすになっていたんだった」私は、冷静に心の中で反芻してから手を伸ばし、線香花火を掴んだ。もう、終わっていても伝えなければいけないことが私には残っていたから。私は、あきらに目線で合図した。そして、私のターンが始まった。

線香花火に火がつくと、私は話始める。「確かに。あきらが私のことが好きなのもわかってたし、だから甘えてたこともその通りだよ。多分、いい気になってたんだ」線香花火が、目覚めて火花を飛ばし始める。「だから、3年前は沢山傷つけてごめん」私の声が、まるで別人の声みたいに震えた。すると、線香花火もぶるるっと震えた。言い切ってしまわなければ、その思いだけが私の口を動かしている。「だけど、本当は好きだったんだよ。あの関係が心地よくて、ずっと続けばいいと思って、言えなかった」もっと勢いよく燃えるはずなのに、私の線香花火は弱弱しい。「私、あきらのことが好きでした」そう言ってしまうと、線香花火は儚げに散った。どうやら、湿気でだめになっていたらしい。私は、勇気を振り絞ってあきらの方を見る。すると、あきらは目を細めてほほ笑んでいた。

「もう、1本どうしようか」私は、気まずくなってそう言った。すると、あきらは優しい声でこう言った。「これは、次、みおがまた恋をしたときに使いなよ」「えええ、線香花火がないと告白できない体になっちゃうのなんかやだ」私は、可笑しくなって笑った。「俺たちは、手遅れだったけど。今度は、失敗しないように、みおが素直になれるように、念を込めておくわ」そう言って、あきらは残った線香花火に向かって手を合わせた。「じゃあ、私も念を込める!」私も、あきらの横で手を合わせる。そうして、私の3年前の恋の火花は、綺麗に落ちた。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫