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妄想日記「理想のカルテ」

「あの、早く着きすぎてしまって」

「大丈夫ですよ。お名前は?」

「15時に予約していた佐藤です」

「佐藤…?(紙をめくりながらチラリとこちらを見る)」

「あ、佐藤もえです」

「佐藤もえ様ですね、お待ちしていました。こちらのカルテの記入をお願いします(笑顔だが目が笑っていない)」

「こ、これ、全部ですか?(怯えながら)」

「はい」

「ざっと、30ページはありそうですが…(訴えかけるような目)」

「今回、佐藤様がご希望の小顔エステはお客様からの細かな要望すべてに応えることのできる国内初かつ最新の技術を使用します。よって、お客様の要望が細かければ細かいほどその技術を発揮できるのです」

「でも…いくらなんでもこれは…鼻の位置を右何センチにずらしたいかなんてわからないですし…」

「はい」

「ただただ、切実に、小さい顔にしてもらいたいというか…」

「佐藤様のお気持ちは承知しました。(わざとらしく間をあけて)こちらをご覧ください(パソコンを開きこちらに向ける)」

「(パソコンを覗き込んで息をのむ)これは…?」

「こちらの施術で、カルテを記入せず、先生に「顔を小さくして」とだけ要望されたお客様のお顔です」

「そ、そんな。…顔の大きさが小豆ぐらいしかないじゃないですか!!これじゃ、小さすぎます!!それに、目や口や鼻は小さくなっていないから…顔から飛び出てしまっているじゃないですか!!ひ、ひどい顔!!」

「(ゆっくりとパソコンを閉じて)繰り返しになりますが、こちらの施術はお客様の要望が細かければ細かいほど効果を発揮するのです。顔を小さく、とだけ入力して行うとこのような有様になります。」

「…(ごくりと、喉が鳴る)」

「この30ページのカルテを書いているうちに、お客様の頭の中に自分の理想の小顔像が浮かび上がります。そうして初めて、この施術は効果を発揮するのです。つまり、当院の技術は、お客様の頭に浮かび上がった理想の小顔像を完璧にコピーする技術であり、お客様に理想の小顔像がイメージできないとこのような大惨事になります。おわかりいただけたでしょうか?」

「(カルテを一枚めくっては閉じ、を繰りかえす)私の…理想の小顔像なんて…北川景子さんみたいにとか…有村架純さんみたいにとか…そういうのしかない…(許しを請う様に看護師の方を見る)」

「佐藤様、私の本当の気持ちをお伝えしたいのですが」

「はい」

「佐藤様には、この施術は必要ないかと思います」

「…そうですか…?」

「ええ(今度は、本当の微笑みを浮かべている)」

「(安心したように頷いて)わかりました。実は、夫に「お前は顔がでかい」って言われてから急に気になりだしたんですけど、そう言っていただけて、なんだか、気持ちが軽くなりました。では、キャンセルさせてください」

「かしこまりました。お気を付けてお帰りください」

「はい!ありがとうございました」

エレベーターに乗り込んだ佐藤もえは、深々とお辞儀をした。看護師も、気持ち程度に頭を下げる。そして、佐藤もえを乗せたエレベーターが1階に到着するのを見届けると大きくため息をついた。

「どうして、これっぽっちのカルテも埋められないのに、望みが叶うと思っているんだろう」

心の中ではそう思いながらも、彼女はまた次の客を迎える準備を始める。最近は、カルテを埋められる客が少なく売り上げが落ちている。ふと、エレベーターの方を見ると、次の客を乗せたエレベーターが上がってくるのが見えた。彼女は、心を鬼にして今度は余計なことを言うまいと決めた。そして、1つ、1つ、エレベーターの階数が近づいてくるのを温度のない目で数えていた。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫