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それでもピアノで歌いたい。

ピアノが上手ではない。そう、感じたのは振り返ると遥か昔、小学生の頃だったと思う。小学校に上がるまでは、お父さんとお母さんに褒められるだけで満足できていたのに、小学校に入ってからは「伴奏者」を巡るオーディションで勝ち残れないと満足できなくなった。絶対音感を持つ女の子、譜面を見ただけですぐ弾けてしまう男の子、ピアノの全国コンクールで優勝しちゃう男の子……これがのちに所謂「社会の海」への第一歩だと気づくわけだけど、とにかく自分よりすごい能力を持った子ばかり気になって自分だけがなんの能力もなく、練習しても下手くそなままなのだと思い込んでしまっていた。

それでも、小学生なりに頑張って「伴奏者」の座を時々勝ち取っては、本番までプレッシャーでイライラしていた。今も昔も私は緊張に弱い。

高校生になって、音楽を始めた時
心機一転他の楽器を選ぶのではなく
自然とピアノを選んだ。

それ以降、上手でないピアノと共に歌を歌ってきた。練習ではうまくできていても、本番の思わぬハプニングによって失敗しては落ち込んで、次の日は恨めしい気持ちをひきづりながらもピアノとにらめっこして、しばらく成功したらまた失敗して、また落ち込んで…そんなことを懲りもせずもう10年繰り返している。

今でも鮮明に覚えている記憶がある。4年ほど前、大失敗したライブの後、打ち上げ会場までの移動の途中、私は泣き出してしまってスタッフさんを困らせていた。完全に面倒臭い人になっているのに、スタッフさんは「うん、うん」と聞いてくれて最後にこう言った。

「ピアノを弾かないことも考えてみようか?」

スタッフさんの声には悪意も嫌味もなく、優しい声だったけれど、その瞬間、私の頭の中では不思議なことに「嫌だ」の文字でいっぱいになった。「絶対にピアノだ」と思った。

「ピアノで歌いたいんです」

勢いよく言ったもんだから、すごい威圧感だったかもしれないけれど、ピアノで歌いたいんだ、と言った。あの夜が、忘れられない。

今も、「なんだよこの下手くそ」と自分を罵倒したくなる場面は時々ある。だけれど、ずっと「ピアノをやめる」より「ピアノで歌いたい」の気持ちが勝ってきた。

矢野顕子さんみたいに弾けるわけもないし、アドリブをするわけでもなく、譜面をスラスラと読めるわけでもない。それでも、私の歌は作る時からピアノの上で生まれて、ピアノと一緒に歌うための歌だ。

だから、これからもピアノと一緒に喧嘩しながら歌うのです。失敗しちゃったら、もう一度弾いて、また落ち込んで、ピアノで歌いたいと、また叫ぶのです。

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singer "song & novel" writer 岡山生まれ 本の虫

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コメント (1)
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