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妄想日記「母とLINE電話」

「ああ、この前のお茶ありがとう。おいしかった」
目の前には、開けたばかりの段ボールと大量のお茶のパッケージがある。その中から一つ取り出して、パッケージに書かれた説明を見ながら母と電話をしている。まだ飲んではいないのだけれど、ここ最近仕事が忙しくて段ボールを開封するまで日にちが空いてしまった。罪滅ぼしの嘘だった。
「よかった。あれ、○○って店で見つけて、一つ一つ手作業で作ってるんだって」
「ふぅん、どうりで味が深い気がした」
「でしょう。また欲しくなったら言ってね。いつでも送るから」
「うん、ありがとう」
「そういえば、あなたが関わったって言ってたポスター?駅で見かけたわよ」
「えっ、ほんとに?」
「嬉しくて、写真撮っちゃった。いま、LINEしたから見てみて」
わたしは、携帯を耳から離してタッチパネルを操作する。母から送られてきた写真をタッチすると画面全体に、ポスターの前で自撮りをする母の写真が表示された。思わず、笑ってしまう。
「ポスターと一緒に撮るって変なの」
「だって。記念じゃない?」
「とはいってもさぁ」
「嬉しかったんだからいいじゃない。ところで、仕事はどう?」
「うん、忙しいけど楽しくやってる。やっぱり、やりがいあるよ」
「よかったわねぇ、お父さんの反対押し切ってまで東京へ行った甲斐があるじゃない」
「うん、そうだね」
そう言いながら、わたしは机の上に落ちていた昨日食べたカップ麺の麺を指でつまんだ。最近は、仕事が忙しすぎて最近は食生活が荒れている。本当は、地元に帰って母の温かい手料理が食べたかった。でも、今はそんなことも言えない。マスクがないと人と交流できない時代なのだ。東京から地元に帰るのは無責任な気がする。
「今年は、年末帰ってこないんでしょ?」
「うん、やっぱり用心が大事だからさ」
「そう、寂しいわね」
「仕方ないよ」
「ああ、そういえばあなたが好きだったくりきんとんの作り方、送ろうか?」
「え、作れないよ、そんなの」
「簡単なのよ。」
「ふぅん、本当に簡単なの?」
「こつは、ちゃんと裏ごしをすることなんだけど、それさえできれば東京にいながら実家の味を楽しめるわよ」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
「後で送っとくわねー」
そういった母の声の後ろに、インターホンの音が重なった。慌てて母が言う。
「あっ!宅急便きたみたい!切るわね!仕事頑張りすぎずに頑張りなさい!」
「すごい日本語だな。はいはいー、またね」
そう言ってから電話を切った。わたしは、母から送られてきたお茶の封を切って、台所へ移動する。ケトルに水を入れて、沸騰するまでの間にティーポットにお茶っ葉をセットした。そうこうしているとわたしの携帯がピコンと鳴った。開いてみると母からのLINEだった。「これが、くりきんとんのレシピ!作ってみてね!」画像を開くと、母の手書きの文字でぎっしりと埋まったメモ書きが映し出されている。わたしは、そっとその文字を液晶画面越しになぞった。そして、電話では足りない何かを心で知った。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫