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妄想日記「二番か三番目のわたし」その2

「なんか、勝手にそこらへんでくつろいでてー」部屋に入るとお姉さんが言った。入ってすぐ横が台所、廊下の先がワンルーム。当たり前ながら、彼の部屋と同じ間取りでホッとする。迷うことなく、廊下を進むと部屋の真ん中に小さな机が置いてあった。その下には、毛の長いふわふわのラグが敷かれている。私は、机の上におでんを置き、ラグにそっと座った。後からやってきたお姉さんの両手には、マグカップが握られている。「いや、お気遣いなく」「そんなこと言わないで、とりあえず身体あっためなー」渡されたマグカップを覗き込むと、昆布がゆらゆら揺れている。「昆布茶?」派手な見た目からは想像もつかないチョイスに思わず笑ってしまった。「す、すみませ…」「何笑ってんのさー。でも、昆布茶ってうまいんだよね」お姉さんもけらけら笑っている。「あんた、男と喧嘩でもしたの?」「え?」「いや、どう見てもあのサンダル男物だし、携帯と財布だけって彼氏と喧嘩して飛び出してきちゃった口かなって」どうやら、お姉さんは勘が良いようだ。私は観念して頷く。「はい。彼氏ではないし、喧嘩したわけじゃないんですけどね」「…と、いうと?」「なんか、彼女がいきなり来ちゃったみたいで追い出されました」私が、自嘲的に笑うとお姉さんは急に真顔になって言った。「何その男。サイテーじゃん」「そうなんですよね」「あと、あんたそのへらへらした顔やめなよ」「へ?」「笑えてないよ」お姉さんは真っすぐ私の方を見てそう言った。私は、しばらく黙ってから「話してみようかな」と思った。そして、ぼそぼそと彼との今までの出来事を話し始めた。会ったばかりなのに、何故かお姉さんには素直に話すことができた。話しているうちに体温が上がってきて、身振り手振りをつけたり、怒ったり笑ったりした。すべて話し終えた時の爽快感と言ったら…今まで経験したことのない類の快感だった。最後まで、黙って話を聞いていたお姉さんが言った。「じゃあ、もう答え出てるじゃん」「答え?」「中途半端な関係だから、答えが出なくて楽だって理論なんでしょ?恋人になったら、選ばれるか、選ばれないか、その後は、うまくいくか、行かないか。そうやって、答えを出すのが億劫だから、その男といるって言うなら、間違いだよ。もうその男とも、答え出てるでしょ」お姉さんは、私の肩をそっとさすって言った。「彼にとってあんたは必要じゃなくて、あんたにとって彼は必要ないって答え」その言葉を聞いた瞬間、堰を切ったように涙があふれてきた。「な、なんだろ、これ」「はいはい、全部出しちゃいなー、これがあんたの中にあった膿だよ」お姉さんは、ボロボロと涙が止められなくなった私の両肩をさすり続けた。お姉さんの手の温もりを感じながら、私は「そうか、私はずっと答えが出ることを恐れてたんじゃない、問題を見つめることから逃げていたんだ」そう思った。私は「ごちそうさまでした」と言って、涙を拭いてから立ち上がる。「どこ行くの?」見下ろすと、お姉さんが心配そうな顔をしている。さっき出会ったばかりの見知らぬ人だったのに、この数十分で私にとって忘れられない人になった。私の顔は自然と笑って「自分の家に帰ります」と言った。

「あんた、笑えんじゃん」
「へへ」
「まぁ、その男からの選別があのサンダルだけってムカつくけど、ま、これも経験だから」
「なんか、超越してる………って、お姉さんいくつなんですか?」
「ナイショー!!!」
お姉さんの濃い化粧の向こう、笑顔の裏に私は自分に似たものを透かして見たけれど、何も言わなかった。言ってしまったらもう少しここにいてしまいそうな気がしたから。振り向かずに、玄関へ向かって彼のサンダルに足をかけた。もう、このサンダルも私も彼のもとへ帰ることはないだろう。これから、少しずつでいい。少しずつでいいから、私は逃げずに生きてみようと思う。

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singer "song & novel" writer 岡山生まれ 本の虫

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