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妄想日記「開かずの踏切」

近藤彩子 31歳 会社員 2020.10.15
京王線の踏切は「開かずの踏切」が多い。「開かずの踏切」とは、そのままの意味で、踏切が全然開かないことを言う。京王線下高井戸駅に引っ越してきてから早3年。遠くの方で踏切が開くのが見えると、人生で一番早く走れる。そんな体になってしまった。

踏切が開かない生活にも随分慣れたけど、今でもたまにイライラしてしまう。それは、例えば今日みたいな雨の日。スーパーで特売品の「肉じゃがセット」という野菜の袋詰めを購入して店を出た。片手には、食材の入ったマイバック、もう片方の手はビニール傘を握っている。数歩歩いたところで、踏切が開くのが見えた。「まずい!!急げ!!」そう心の中で叫んで、私は走り出した。けれど、あと一歩のところで、警告音と共に踏切が閉まり始める。私は、諦めて踏切の前に立った。濡れたズボンが、ふくらはぎに張り付いて気持ち悪い。すると、だんだんと足元からイライラが這い上がってくる。

その時、ものすごい勢いで私の前を電車が通った。パラパラ漫画みたいに電車の窓が過ぎていく。疲れた表情でつり革を掴むサラリーマンや、部活帰りの学生たち、ドアにもたれかかりながら読書をする男の子、まるで二人だけの世界みたいに頬を寄せ合う恋人たち。

私は驚く。そのどれもが、私の思い出の中にもあったからだ。疲れてつり革につかまる私、部活帰りの17歳の私、村上春樹を読む私、恋人と手を繋いでいる私…31年間の私の人生の一部を見た気がした。すると次第に、次の電車の窓を見るのが楽しみになってきた。大丈夫。この踏切は「開かずの踏切」だから、好きなだけ沢山の窓と人々を眺めることができるだろう。

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singer "song & novel" writer 岡山生まれ 本の虫

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