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髪の毛を紫にした日。

わたしの髪の毛の色は
コロコロ変わります。
それも保守的な方ではなく刺激的な方に。

前回、わたしの中の「歌」へのこだわりをお話ししたのですが、実は髪の毛にも、こだわりがある気がします。しかも、明確に髪の毛へのこだわりが芽生えた瞬間を今でも覚えているのです。

19歳で、地元を離れるまでわたしは地元の美容室に通っていました。
高校生ですし、カラーをすることもなく( 友達同士で夏休みに染めたりはしていましたが )基本美容室では、カットだけ。どちらかというと、髪の毛の色に関しては「ウィッグ被ればええやん派」でした。

その後、大学に進学して、お金のやりくりをしながら新しい美容室を探し回っていたのですが、やっぱり学生にとっては美容室代って高いんですよね…余裕で諭吉さんが飛び立ってしまいます。そこで、わたしは美術系の学生に多い「もう自分で髪の毛切って染めよー派」となりました。髪の毛をすいたりするのは難しいので、キノコみたいにパッツリと切り揃えた髪型を金髪に染める。正直、そこまでヘアスタイルに興味がなかったんだと思います。

そんな金髪キノコのわたしが、19歳でオーディションを受けて予想もしていなかった最終ステージまで残ることができました。その時に、担当のスタッフさんが苦いものを噛みながら話すみたいにわたしに言いました。

「髪の毛、ちゃんとしよっか。」

衝撃でした。意外と器用にカットカラーできていると思っていたわたしは、実は誰も言い出せなかっただけで、側から見たらそんな悲惨な頭だったのか!と。

そして、そのまま担当の方が教えてくれた美容室「k.e.y」へ行くわけでございます。(ちなみに、わたしはそれ以来「k.e.y」処女を守ってます。)表参道のお洒落な雰囲気と、美容室特有のカラー剤の香り、清潔そうなさわやかな美容師さんたちに囲まれて、わたしは毛穴の奥まで縮こまっていたのを覚えています。そんなわたしを担当してくれた美容師の田中さんが「どんな色にしたい?」と聞いてくれます。正直、色もなにも自分にどんなヘアスタイルが似合うのかもわからなかったのですが、その時に、パッと思いついたのが当時好きだった雑誌「Zipper」の読者モデルさんみたいな色でした。白に限りなく近いベージュゴールドや、紫とアッシュを掛け合わせた色…簡単に言うと原宿系と呼ばれた個性的な色です。そういったわけで、わたしの初めての東京の美容室デビューは「紫色」となりました。

ブリーチで、地肌が焼かれるような痛みに耐え、またその上から色を重ね重ね…なんだかその工程が絵を描く時に似ていて、その時初めてパレットの気持ちが分かる気がしました。同時に、こんなに手間をかけたんだから素晴らしい出来に違いない!と期待に胸を膨らませていきます。

もちろん、仕上がりを見たときのあの高揚感…!今でも、忘れられない感動でした。鏡に映る自分の顔に、大きく「かわいい!」と書いてあって、逆に恥ずかしくなるほど。笑

わたしは、憧れの雑誌から飛び出したかのようなその紫の髪の毛で、そのまま気づけばオーディションのステージに立っていました。もちろん、髪色だけではなく、声援や支えてくれたスタッフさんたちのおかげでもありますが、わたしは、その紫の髪の毛にステージに立つ勇気をもらえた気がしたのです。

それ以来、わたしの髪の毛は金色になったり、灰色になったり、青色になったり、ピンク色になったり…カメレオンのように七変化しています。そうして、多分今後も田中さんの魔法を信じて「タイタニック時代のレオナルド・ディカプリオにしてください!」だったり「フランス映画のアデルのエマにしてください!」とか無茶難題を言って困らせるんだと思います。笑

あの紫色の髪の毛にした日みたいな、ドキドキなとときめきを追い続けて。

SETA


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SETA 公式note

singer "song & novel" writer  岡山生まれ 本の虫

SETAの日々煩い

エッセイ、読書感想 etc.
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