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妄想日記「本気のまたね」

太田亜香里 26歳 会社員 2020.10.20

何年振りかわからない渋谷ハチ公前の待ち合わせ。友人の雪と会うのは、もう半年ぶりだ。毎月数回は遊んでいた自粛期間前と比べるとずいぶん間が空いてしまった。以前まではあったハチ公前の電車「青ガエル」がなくなって、新しい建物になっている。人混みも、以前と比べると緩やかで時の流れと変化をひしひしと感じて妙に緊張した。

「ごめん、ごめん!お待たせ!」突然、雪が視界いっぱいに現れて心臓が跳ね上がった。「ちょ、びっくりしたあ…!」そう言いながら息を吐くと、さっきまでソワソワしていた気持ちが吹き飛ぶ。「渋谷、久しぶりに来たからさ、知らないビルだらけで迷子になっちゃって!」彼女は、マスクを激しくへこませながら顔の前で両手を合わせている。私は、彼女のマスクから見える見慣れたほくろの位置を眺めてホッとする。この声も、ほくろも、方向音痴も、彼女は変わっていなかった。「とりあえず、お茶しよっか。」そう言って、半年ぶりの雪とのデートが始まった。

お茶を飲みながら、服屋で服を見ながら、まるでしゃべり続けないとはぐれてしまうかのように私たちはずっと何かについて話していた。知り合いの結婚の話、仕事の話、好きなアニメの映画化の話。半年会わなかっただけで、こんなにも話したいことが溜まっていたなんて雪と会うまで自分でも気づかなかった!時間は、あっという間に過ぎてゆく。彼女は、ちょっといい値段のするコートを悩んだ結果買った。私は、ちょっといい気分になる程度のお酒を飲んだ。この数時間の目に見える成果は、それくらいだけれどマスクの下の私の顔はきっと生き生きとしているだろう。

最後に、渋谷のスペイン坂で手を振り合って「またね」と言った。人生で一番本気の「またね」だったと思う。変わってゆく渋谷の坂を駅へと下りながら、私は彼女の変わらない声と、ほくろと、方向音痴なところを思い出して空を見上げる。「きっと大丈夫」と、渋谷の空に言われた気がした。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫

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