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妄想日記「夢と寝言と」

橋本奈々 27歳 フリーター 2020.11.26

「昨日は、ずいぶんご機嫌だったね」朝、目覚めると私の恋人が白湯の入ったマグカップを差し出しながらそう言った。「ご機嫌?」「うん、1人で古民家に旅行しに行ったらしい」「なんで、古民家?」「知らないよ。とにかく夜中に(今、私はとある島の古民家にやってきましたー)って言いだしたかと思えば(はははははー、1人旅行もいいもんだ)って笑いだしたりするからおかしいやら、怖いやら」「そりゃあ…震えるね…」「だろ?」私は、彼からマグカップを受け取りながら寝言を言う自分を想像して笑った。そして同時に、楽しげな夢を覚えていないことを残念に思った。

「とりあえず、俺は今日ご飯大丈夫だから」「わかった」「いってきます」そう言いあって、彼を玄関で見送った。そうして、私は玄関に立てかけてあるホワイトボードに「夕ご飯なし」と書き込んだ。思い返せば、彼と同棲を始めてから一年が経つが、この半年は本当に大変だった。ただでさえ、他人との共同生活でお互いの価値観の違いに適応していく必要があるのに、今年の春から始まったこのコロナ禍での生活は、私たちの期待していたような同棲生活とは違った。うっぷんを吐き出したくても、友人に気軽に会えないし、1人になりたくても、家から出ることができなかった。二人だけの世界を望んでいたはずなのに、本当に二人だけになってみると互いが「他人」であることを痛感させられた。それでも、なんとか私たちなりに少しづつ適応出来たのは、毎朝「私の本日の寝言」という話題が出来たというのも大きい。

私は、コロナ禍になってからよく寝言を言うようになった。理由は、私にもわからない。一つ、思い当たるのは以前まで私は旅行に行くのが好きだったという事。だけれど、今年はどこにも行けていない。そのストレスが、私に毎晩夢の中で旅行させ、寝言を言わせているのではないか、と私は推測している。あまりにはっきりと寝言を言うものだから、彼は最初「精神的なものなのではないか」と心配していたけれど、今のところ昼間の私に異常はない。そのうち私は、毎朝彼から私の寝言の報告を受けるのが楽しみなってきて、彼も時々ボイスレコーダーに録音して楽しそうに話してくれる。共通の、それもちょっとおかしな話題が私たち二人の生活を平和にしてくれているのだ。

掃除や洗濯を一通り終え、うたた寝から目覚めると窓から夕陽が差し込んでいた。私は慌てて起き上がり、洗濯物を取り込み、1人分の鍋を作る用意に取り掛かる。小さな鍋に野菜、水、鍋の元を入れると簡単に一人鍋ができるので、一人の夕食の日はこればかり食べている。すると、玄関の開く音がした。慌てて、振り返るといないはずの彼が立っている。私は止めていた息を吐きだして言った。「びっくりした!ラインくらいしてよ!」すると彼は「ごめんごめん」と言いながら、ちらりと私の手元を見て笑う。「また、鍋?」「うん、楽だし…って、どうしたの?夕ご飯は?」「会食が飛んじゃったんだ。相手がちょっと風邪気味らしくて、こういうご時世だし、一応ね」「ふうん、じゃあ…これ食べる?」私が自分の鍋を指さすと、彼はニヤリと笑ってバックからインスタントラーメンとビールを取り出してこう言った。「たまには欲望を爆発させてみようかなって」「いいね」「じゃ、奈々は先に食べてて。俺は、麺固めの特製ラーメンを作るから」「ありがとう、お先にー」そう言って、私はリビングに移動して鍋をつつき始めた。しばらくすると、ラーメンを持って彼がやってきた。私は、鍋をつつきながら携帯でSNSをチェックしていて、彼は、インスタントラーメンを食べながらテレビをつけてニュースを見ている。互いに違うことをしながら、自然に過ごせるこの時間は、私にとって幸せな時間だ。すると、彼が急に「あ!!」とテレビに向かって叫んだ。私も、テレビに視線をやると昔ながらの古民家の映像が流れている。「これ、奈々の夢に出てきたところじゃない?」「ううーん、夢の内容覚えてないからなあ…。でも、素敵だね」画面に映し出された、苔が美しく生えた中庭、そして、中庭に面した縁側、よく磨かれた廊下は、確かに素敵で私は画面にくぎ付けになる。画面が切り替わり、アナウンサーが古民家のオーナーにインタビューしている。50代半ばだろうか、センスのよさそうな女性オーナーがこう言った。「最近は、お客さんも減って寂しいですが、また常連さんたちにここにきてよかったと言って貰えるように従業員一同、この建物をぴかぴかのまま守りながらお待ちしています」そう言った後、アナウンサーが頷き「それでは、本日は古民家(悠々邸)さんからお届けしました」そう言った後、画面からは古民家が消え、ニューススタジオの画面になった。しかし、なぜだか私の脳裏にはあの縁側が映し出されて離れなかった。

すると、彼が携帯をこちらに向けて言った。「奈々、さっきの古民家、ここだってさ」「うわあ、やっぱり素敵!」私は、身を乗り出して彼の携帯を覗き込んだ。すると、彼が言った。「ねえ、いつかここ一緒に行こうよ」「え?」「奈々の夢の中に、実際に行けるなんて楽しそうだし」「でも、私覚えてないから、ここだったかはわかんないよ?」「いいんだよ」そう言って、ラーメンをすすりながら彼は続ける。「今はさ、大変なこともあるけれど、(いつか)とか(きっと)とかそういうものが奈々にも、俺にも、必要なんだと思う。」そう言った彼の横顔が力強くて、私は「この人となら、大丈夫だ」と心の中で呟いた。そして、私は言う。「うん、(いつか)(きっと)行こうね」

歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫