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妄想日記「マスクを外すタイミング集」

七瀬ゆい 27歳 デザイナー 2020.11.10

私は、わからない。マスクを外すタイミングが、わからない。今、世界中の人がマスクをつけているのだから、みんな困っているはずだ。なのに、ニュースで「マスクを外すタイミングに困っている人が続出!」と特集が組まれたり、雑誌で「これは押さえるべき!できる女のマスクを外すタイミング!」みたいなコーナーがないことが、私を更に追い詰める。もしや、私だけの悩みなのだろうか…?いや、そんなことはないはずだ。自分の部屋で天井を見上げながら、私は今日の出来事を思い出していた。

今日、私は有休を取って皮膚科と歯医者に行った。週末に行くと混んでいるし、こういうご時世なのであまり人が多い場所には行きたくないからだ。皮膚科も、歯医者も久しぶりで、私は朝から緊張していた。皮膚科に到着すると、まず入り口で消毒、そして受付で検温を済ませ、待合室で座って待つ。予約をしていたので、しばらくすると「七瀬さん、3番診察室へお入りください」というアナウンスが流れてきた。いたって順調。ゆえに、私は気を抜いていた。診察室に入ると、マスクをつけた先生とその前にアクリル板が立てられており「七瀬さん、そちらへお掛けください」とアクリル板前の椅子に誘導された。そして、椅子に座り私はマスクを外した。皮膚科なので皮膚を見てもらわないといけないし、先生のマスクとアクリル板で安心しきっていたのだ。すると、先生が小さくのけぞって慌てて言った。「七瀬さん、まだマスクは外さないでください!!!」先生の声に面食らってしまった私は「す、すみません!!!」と叫んだ。すると、先生は「ひいっ!!しゃ、喋っちゃダメ!!」とひっくり返りそうな恰好で言った。日常生活で他人に「ひいっ」と言われるなんてゾンビかエイリアン以外聞いたことない。私は、大きなショックと恥ずかしさで先生の診断の半分以上頭に入ってこなかった。でも、とにかく学んだのは「皮膚科では、先生によしと言われるまでマスクを外してはいけないという事」と「マスクを外している間は話しちゃダメ、という事」だ。

まだ、心が動揺したままだったが予約の時間もあるので私はそのまま歯医者へと向かった。待合室で待っている間、私の脳裏にあったのは「今度こそ失敗したくない」という思いだった。よって、名前を呼ばれて動く椅子に腰かけた後、しばらく私は辛抱強く待っていた。「七瀬さん、マスクを外してください」の一言を。しかし、一向に声がかからない。不安になって、振り向くと先生が困り顔で言った。「あの、歯を見せてもらわないと治療できないのでマスク外してくださいね」どうやら、私はまた失敗してしまったようだ。もう、一日の「恥ずかしさ」の許容範囲を超えている。私は、「すみません」とか弱く呟き、静かにマスクを外し死んだ魚のような目で椅子の上のライトを眺めていた。どうやら、「歯医者では座ったら声賭けもなしにマスクを外す」が正解なようだ。私は、また一つ学んだ。しかし、それによって受けた心の傷は大きかった。これから新しい場所に行くたびに「いつマスクを外せばいいのか」で悩まなくてはならないのか…。いや、そんなのは、私のハートが耐えられない!!私は携帯を掴み、ある友達に電話をした。

「お、どしたのー」「真美ー、私、どうしたらいい?」「え、何がよ」同期で営業課の真美は、私とは違いコミュニケーション力に長けている。よって、彼女に今日の出来事を聞いてもらい、有益なアドバイスをもらおうと思ったのだ。事情を説明し終わると、真美は爆発するように笑い始めた。私は、ちょっとムッとして言った。「ねえ、笑い事じゃないんだけど」真美は「ごめん、ごめん」と言いながらひーひー言っている。そして、真美は一言で答えを出した。「あのさ、ゆい。そういう時は先に聞いちゃえばいいんだよ」「え?」「皮膚科だって、歯医者だって、病院によってルール違うだろうし、「マスク、外しちゃっていいですか?」って聞けばいいんだよ。そしたら、マスクの外すタイミングで失敗して恥ずかしい思いなんてしなくてすむよ」「そ、そうか…!その手があったか…!」私は、この大問題が一瞬にして片付いた爽快感で叫んだ。やっぱり持つべきものはコミュニケーション力の高い友である。真美は、電話口の向こうで笑いながら言った。「まあ、ゆいのそういう抜けてるとこ、好きだけどねー」「むむ、それは…褒められてはない気がする…」普段、小さなことを気にしてしまう私だけれど、大好きな友達に好かれるなら悪くないな、とそう思った。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫

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