自分に似た人から学ぶ。

鏡の前には毎日最低一回は立つ。

顔を洗った後
メイクをする時
歯磨きで奥歯がちゃんと磨けているか確認する時。

それでも、鏡は正確には私を映し出してくれない。友達の前で笑い転げる私を鏡で見ても「いやいや、もっと楽しかったんだよ」となるし、大事な打ち合わせの前に鏡の前で自分の顔を見ると「もっと本当は緊張しているのに」と思う。兎にも角にも、鏡は自分が思っている以上に外見しか映さない。

先日、友達の家にお泊まりした。
自分が他人の家に泊まることはそうそうないので、私にとってはちょっとした旅行だった。そこで、不思議な体験をしたのでこの場所を借りてお話ししたいと思う。

それは、普段は気づかなかった友達と自分との共通点の多さに気付くところから始まった。

答えのない問いを語り合いたい癖とか
( 特にベッドに入って寝ようというタイミングでヒートアップする )
朝ごはんを提供しようと張り切って前日から用意してしまうところとか
( だから、料理中、背を向けて話をしてしまう )
顔を洗ったらすぐハンドタオルが提供されるところとか
( バスタオルも同様に )
空白が苦手で何でもいいから音楽や映画を流しているところとか
( だけど結局ずっと話してしまうから音楽も聴けないし映画も全く見ていない )
お風呂場はおそらく前日にピカピカに磨いておいてくれているところとか
( シャンプーの底のぬめりまで除去している )

数え始めるとキリがないほど自分と同じところが多くて驚いた。それは、まるで自分から幽体離脱して自分を眺めているかのような感覚だった。そんな感覚で自分に似た行動を繰り返す友達を見て、少しショックを受けた。その手取り足取り私の為に提供しようとしてくれている友達( 自分 )は、とても「忙しそうに見えた」からだ。日頃、憧れている「大人の余裕」とは程遠かった。

それと同時に、良いところも見つけた。例えば、実家に帰ったような安心感があったし、時にホテルに泊まっているかのような快適感があった。

私は、鏡では写しきれない自分を
ようやく見つけられた気持ちになった。

朝、友達の作ってくれた温かいスープを飲みながら私は彼女に「今度は私の家に来てね」と言った。彼女を今度迎える時、少し余裕のある自分であれますように。

友達に手を振って駅に向かって歩き出す。
いつもよりゆっくり歩いて向かった駅では、今頃私の乗りたかった電車が発車してしまっている。

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SETA 公式note

singer "song & novel" writer  岡山生まれ 本の虫

SETAの日々煩い

エッセイ、読書感想 etc.
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