妄想日記「学校に忍び込む夢を見る」
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妄想日記「学校に忍び込む夢を見る」

三村さえ子 17歳 高校生

3限目と4限目の間の移動教室。職員室の前の廊下ですれ違った女の子から、強い金木犀の香りがした。金木犀が香るとしては早すぎる。おそらく、彼女は校則で禁止されている香水をつけているのだろう。「ああ、きっとあの子は3点減点ね」とさえ子は思う。続けて「まあ、減点されても朝の清掃活動を3回やれば取り返せるとでも思っているんでしょ」と心の中で呟いた。さえ子には、そこまでして校則を破る勇気はない。

世界が、全て点数で採点されるようになったのはさえ子が生まれる前だ。平等な世界を作る為と称して、「生涯平等宣言」が世界中で発令された。それ以降、人は皆平等に「500点」という点数を与えられ、嘘をつけば5点減点、猫を隠れて蹴り飛ばしたなら30点減点、殺人を犯したら500点減点…と言った具合に細かく減点されていく。もちろん、良いことを行えば同じく見合った点数が加点される。その監視は主に、地球の周りを飛んでいる何万もの最新の衛星によって行われており、例え政治家であっても、お金持ちであっても、貧乏人であっても、平等に「減点」と「加点」が実行される仕組みだ。そして、生涯を終えるまでに点数が0になった者は、何者かに連れ去られ二度と帰ってくることはない。宣言前を知る祖母から聞いた話だが、この宣言が発令されてから、ある一定の期間、皆減点を恐れ世界はまるで夜の砂漠のように静まっていたらしい。だが、しばらくすると減点への恐怖とストレスから精神を病むものが急増。凶悪犯罪の件数は、以前に比べて減ったものの、その凶悪さは年々増している。

「この点をXとすると…」

教師がハキハキとした声で黒板の数式を読み上げる。そして、こちらを振り返ると一点を見つめ興奮気味に叫んだ。

「おい!宮下!居眠りすんな!2点減点だ!」

「………すんません」

宮下君は、めんどくさそうに頭を下げた。ここ最近、彼に居眠りが多いのは両親が亡くなって夜遅くまでアルバイトをしているからだという事をここにいる誰もが知っているのに何も言わない。さえ子は、キュッと唇をかんで思う。「こんなの、全然平等じゃない」そうして、チャイムが鳴ると教師は誇らしげに胸を張って言った。「いいか、みんな。先生は、みんなに素晴らしい人間になってもらいたいんだ。これは愛だ。だから、授業は眠らずに最後まで聞くように!以上!」そうして、パンッと音を立てて教科書を閉じると教室を出て行った。皆、宮下君には近づかない。さえ子は、ポケットに手を突っ込み宮下君に声を掛けた。

「ねえ、これよかったら」

ポケットから、ミント味の飴を取り出して彼の方へ差し出す。すると、宮下君は一瞬目を大きくしてから、さえ子の手のひらから素直に受け取った。嬉しくなったさえ子は、続けて言う。

「あのね、これ、気に入ったら本郷町のファミマに売ってるから。すごくミントが強くて、目が覚めるよ」

笑いながらそう言うと、宮下君はさえ子をキッと睨んだ。予想外の反応にさえ子の身体は固まる。宮下君が口を開く。

「なに?これで何点欲しいわけ?小さな偽善で気持ちよくなってんじゃねえよ!」

そう怒鳴ると、宮下君は教室を出て行った。さえ子は、ショックでしばらく動けなかった。スピーカーから授業開始のチャイムが鳴る。「ああ、2点減点だ」さえ子は、小さな肩を震わせて少しだけ泣いた。

家に帰ると、母親から「授業に遅刻したって?何してんのよ」と叱られた。子どもを叱ることも親の義務であり加点の対象だ。わかっているけれど、今夜はつらい。「ママ、ごめんなさい。でもね、そうじゃないの。今日こんなことがあってね」さえ子は、そんな会話がしたいのだった。とぼとぼと階段を上がり自室のベッドに倒れ込む。天井を見上げながら、宮下君の怒った顔を思い出していた。彼の言葉が、さえ子の心に全方向から突き刺さる。「宮下君……」彼の名前を呼びながら今度は、ちゃんと泣いた。鼻水が逆流して咳込む。それでも、泣くのをやめなかった。さえ子は、宮下君に偽善を渡したかったわけではなかった。願わくば、この恋心を伝えたかった。

泣き疲れて、いつの間にかうとうととしてくる。夕ご飯を食べて、お風呂に入らなくてはいけないのに。だけれど、さえ子はもう目を開けない。今夜、さえ子は学校に忍び込んで火をつける夢を見る。

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歌絵文作家 岡山生まれ 本の虫